2006年06月27日

食べ物では埋まらないはずだった隙間

鬱病を度々再発するのは仕方がない状況だとあきらめていました。
症状が再発する度に病院にも行っていましたし、元々の性格と環境のことも考えると、仕方がないことなんじゃないか?とも思ったりして。
ところが、今年に入って駄目元で申し込んだカウンセリングで論理療法というものをやって見たり、その話を聴いていくうちに性格は変えられるのだということを実感することになりました。
この頃、私は鬱病よりも深刻に思っている摂食障害のことについてはお話していませんでしたがかおるさんに言い当てられ、自分でも話す時期が来たと悟り、大量の食べ物を買い込んでは吐くを繰り返していることを打ち明けました。当時の食費は相当な金額でした。
これだけは他人に知られたくないと、自分で本を買い込んだり勉強して食事ノートなるもので記録を取って、さらに認知行動療法という本も買いひたすら節制する闘いをしていました。
このことをかおるさんは否定はしませんでした。それはそれで続けていいんだけど、一つ話を聴いて欲しいと言われて始まったんです。そこからが本当のカウンセリングでした。
食欲の中枢と、人と愛し合いたい・共感し合いたいと願う悩の中枢が実はとっても近いところにあるという話を聴いて、私は目から鱗だったのです。
私の傷ついた心。
食べて吐く瞬間にしか癒されることのなかった心。
ところが、それを癒していく糸口は、節制とは全く別のところにありました。
カウンセリング中は沢山泣いたのですが、沢山笑いました。
私は傷ついていました。食事の問題ではなかったのです。うまく言えませんが。
今もまだ体重のことを気にしたりドカ喰いをしてしまうことも時々ありますが、前ほど焦ってはいません。
食べ物を美味しいと感じられるようになりました。
確実に普通の食事の習慣を取り戻しつつありますが、それよりもまず、笑っていても生きていけるんだ、自分を傷つけつつ生きていて、それすら気が付かなかった日々を手放してもいいんだ という安堵感と喜びでいっぱいです。
埼玉県 Mさん 会社員 28歳
posted by Sura's moon at 02:05| 摂食障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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